読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

のろまのこ

発達障害と医師からの診断を受けた23歳女の毎日。明るく前向きに生きることが目標。

家族へのこと

前も書いたと思いますが。
小学校二年生の終わりに、父方の祖父母が歳だからという理由で、
祖父母の家に家族ごと引っ越しました。
そこで母は祖母に意地悪をされて。
離れて暮らしていた頃はかわいがってくれてた祖母も、
近くになった途端、私たち孫に対してもきつくなって、前のように可愛がってはくれませんでした。
当時まだ1歳くらいの妹の夜泣きにも迷惑がっていたことを、当時小学三年生だった私ははっきりと覚えています。



小学三年生だったけれど、家庭環境がギクシャクしていたことはもちろん肌で感じていたし、
そりゃ気を張っていたし、仲が悪いのはもちろん嫌だし悲しくて、
多分このことも、私がアダルトチルドレンっぽくなった要因だと思います。


アダルトチルドレンワークを三巡くらいやって、
ようやく、長年閉じ込めてた家族への気持ちは浄化され、
自分の存在を認められるようになってきた。
でも、家族だけでなくって、祖父母への複雑な気持ちは浄化されてないまま。


大好きな母をいじめて。両親対祖父母で言い争いもあった。
なんのために、友達と離れて引っ越してきたのかわからなくなった。
そして結局、両親と祖父母の不仲の原因で引っ越し。
結局祖父母の家には、半年しかいなかったし。
それまで、大好きだった父方の祖父母は、
私にとって、居心地の悪い存在になってました。
父はもちろん息子なので、年に何回か会いに行ってて、
それに私も着いて行ったりしたけど、
母は決して着いて行かなかった。
父にとっての両親である祖父母は、父にとっても大事だけど、
でも父にとっての母も、大事な大事な妻であるし。
だから父も、辛かったんだろうなとは思うけど。


でもやっぱり、あんな環境は子供にとっては悪影響だったよなぁ。
姉は、私みたいにはなってはなさそうだけど。


そう、話が飛び飛びですみません。
だから私は、祖父母と仲良くしたり会ったりすると、母が可哀想だなと思ったから、
祖父母に会ったりすることに罪悪感を感じていました。
でも、おばあちゃんおじいちゃんと孫、っていう関係に、
すごく憧れを抱いていて、
おじいちゃんおばあちゃんと仲良しな友達とかが羨ましかった。
(母方の祖父母は、住んでるところから車で何時間もかかるところで滅多に会えなかったのです。)
ずっと、その羨ましさと、母をいじめた祖父母への恨みと、でも昔のかわいがってくれた祖父母も知っているから、
ずっと複雑な気持ちを持っていた、みたいです。
今、言葉にして気付いた。



祖父母はお米を作っていて、実家ではいつも祖父母のお米を食べていて。
一人暮らしをする時に、実家からその祖父母が作ったお米を持ってきていたのですが、それが底をつき始め。
実家に連絡したところ、祖父母から電話が来たのです。


お米や味噌を、送ってくれる、という内容でした。
とっても助かるけど、どこか素直にありがとうって思えなくて。
いろんな気持ちが絡んで、ここでありがとうって思ったらお母さんに悪いんじゃないかとか、あんなにいじめたくせにお世話になるなんて、とか。


でも、電話して、本当に私のこと心配してくれてて。
ついさっき届いたダンボール箱には、手紙も入っていて。
自然と涙が出てました。
そして、それまであった恨みだとかそういう感情が、浄化されていくような気持ちになりました。
そこにあるのは、感謝の気持ちで。
みんながみんな、完璧な人間じゃないから。
私も、おばあちゃんもおじいちゃんもみんな。
だから、仕方なかったんだって。
嫌だったけど、でも、仕方なかったんだって。
みんなそれでもわあの時はあの時の精一杯で。
おばあちゃんも、厳しいお姑さんによく泣かされてたって言ってたし。
だから、その連鎖を止められてよかったじゃないか。


涙が止まらなくて、今この文章を書いています。


昔のことだとか、それはもちろん嫌な思い出もたくさんあるけど。
でも、この今のことだけを見ると、
心配してくれてて、私のためを思ってくれてて。
そりゃ、癖のあるおばあちゃんだけど。
でも今はただ、この状況に感謝しかないし、
それで十分なんじゃないのって。




今日、仕事で悔しいことがあってトイレで泣いてしまったので、
そのせいもあって余計沁みました。




なんだかまた、浄化に向かったというか。
今はきっと、こういう期間なのかな?
徐々にそれまでの根本的な問題が解決に向かうというか。でもそれも、自分がアダルトチルドレンワークとかして向き合った結果でもあるし、
家族の優しさがわかったからでもあるし。




明日からも、頑張るぞ!!!